将棋についての質問
はじめまして、高校2年の男子です。
この前、親戚の家に遊びに行ったときに、親戚の叔父さんと将棋をしたのですが、疑問があり質問をしました。
叔父さんと将棋をやった後に、「3手目に75歩とつくのは嵌め手だから、相手が不愉快になるからやらないほうがいい。
後、穴熊は卑怯だから、美濃囲いか木村美濃にしなさい。もっと、強くなりたいなら玉が薄い囲いで勝たないと強くなれないよ。振り飛車は、あまりいい戦法じゃないから居飛車の練習をしなさい。やはり、将棋の本質は、矢倉にあるから、矢倉を勉強するべき」といわれたのですが、本当ですか?
私も、「プロでも、指してる人いますけど。」といったのですが「最近のプロは本筋をはずしてる将棋しか指してないから参考にならない。」といって相手にしてもらえませんでした。
今まで、友人と将棋をやったときにはこんな事言われなかったので疑問に思いました。
後、できれば棋力を診断してください
よろしくお願いします
先手:私
後手:親戚
▲7六歩 △3四歩 ▲7五歩 △4二玉 ▲6六歩 △6二銀
▲7八飛 △8四歩 ▲4八玉 △8五歩 ▲7六飛 △3二玉
▲3八玉 △5四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲2八玉 △5三銀
▲1八香 △5二金右 ▲1九玉 △4二銀上 ▲2八銀 △3五歩
▲5八金左 △3三銀 ▲3九金 △3四銀 ▲7四歩 △同 歩
▲同 飛 △7三歩 ▲7六飛 △4二金上 ▲6八銀 △4四歩
▲6五歩 △4三金右 ▲4八金寄 △2四歩 ▲3八金寄 △2五歩
▲5九銀 △1四歩 ▲4八銀 △1五歩 ▲7七角 △2三玉
▲3六歩 △同 歩 ▲同 飛 △3五歩 ▲7六飛 △3二金
▲3七銀左 △3三桂 ▲6六角 △3一角 ▲7七桂 △6四歩
▲7四歩 △同 歩 ▲同 飛 △7三歩 ▲8四飛 △同 飛
▲同 角 △7九飛 ▲4一飛 △9九飛成 ▲8一飛成 △4五桂
▲4六銀 △3六歩 ▲9一龍 △3七香 ▲3五桂 △同 銀
▲同 銀 △3八香成 ▲2四銀打 △1二玉 ▲1三香 △2一玉
▲3八金 △1三香 ▲3三歩 △同金寄 ▲同銀不成 △同 金
▲1一金 △2二玉 ▲3四香 △同 金 ▲同 銀 △3七桂打
▲2一金打 △3二玉 ▲3一龍
まで99手で先手の勝ち
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はじめに言える事、それはこの叔父さんは「激しく時代遅れな考えの持ち主である」こと。
・3手目に75歩とつくのは嵌め手だから、相手が不愉快になるからやらないほうがいい。
→かつては「早石田(3手目▲7五歩)は嵌め手」と言われていました
(ちなみに自分も嵌め手だと思っている)。ただ、早石田は他の嵌め手と違い、
例えば棋譜のように4手目△4二玉とすると先手は▲6六歩とするよりなく
(初志貫徹と▲7八飛と振るのは角交換から△4五角以下乱戦)、
結果として普通の(?)三間飛車に落ち着く変化があります。
こうなると嵌め手でも何でもなくなってしまいます。
・穴熊は卑怯だから、美濃囲いか木村美濃にしなさい。もっと、強くなりたいなら玉が薄い囲いで勝たないと強くなれないよ。
→「今時何言うてんだ、このおっさんは?」と思いました(笑)。
現代将棋は「勝ちやすさ(玉の堅さ)」「得の追求」がメインテーマと言えます。
玉が薄いと、駒を渡しながらの攻撃ができず(つまり攻める手段が大きく制限される)、
結果として「勝ちにくく」なってしまいます。
ま、本人(叔父さん)がそういう綱渡り的な勝ち方がいい、と言い張るなら勝手に綱渡りをさせておいて、
こちらは悠々と舗装路面を歩きましょう(笑)。
・振り飛車は、あまりいい戦法じゃないから居飛車の練習をしなさい。
→居飛車党の自分でも「その根拠は?」と聞きたい。
本当に振り飛車がいい戦法じゃなかったら、プロで振り飛車を指す人はとうに絶滅しているはず。
居飛車・振り飛車を比較して自分の肌に合ったほうを指しなさい、としか言いようがありません。
ちなみに自分はかつては振り飛車党でしたが、気がついたら居飛車党に鞍替えしていました。
・やはり、将棋の本質は、矢倉にあるから、矢倉を勉強するべき
→確かに相矢倉には「本質」に近いものがあります。例えば序盤の「24手組み」に至る手順でも、
ただ漫然と指せばいいと言うわけではなく、すべての手(手順)に意味があります。
例えば、かつては▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩に「▲7七銀」が当たり前でしたが、今では「▲6六歩」が主流。
いずれ7七銀とあがる形でも、ギリギリまで保留して相手の出方を見るのが現代将棋。
例えばここで後手が無用心に(?)△3二金としたらすかさず▲6七銀~6八(7八)飛と飛車を振って
後手の陣形(3二金の形)を咎めに行きます。
また、後手が矢倉中飛車の急戦に出てきた場合、先手は▲6八銀の形で受けるのが定跡で、
早くに銀を上がるとまた引かなくてはならず、結果として2手損になってしまいます。
つまり先ほど書いた「得の追求」に当たるわけです。
振り飛車の駒組みにはこういう「先か後か」という手が矢倉ほど多くないと言えます。
もっとも、その叔父さんはここまでわかって「本質」と言っているわけではなさそうですが(笑)。
・「最近のプロは本筋をはずしてる将棋しか指してないから参考にならない。」
→その叔父さんにとって「本筋」って何なんでしょう?
「本筋=定跡」だったとしても、長年の研究によって「本筋」が変わる事はままあります。
例えば相矢倉。今は▲5六歩・△5四歩と突くのが定跡ですが、
昭和30年代の相矢倉は▲4六歩・△6四歩と突くのが定跡でした。
ちなみその理由が「5筋を突きあう形は千日手になりやすいから」。
現代将棋から見たらそれこそ笑い話に近い話です。
叔父さんの発言もこれに近いものがあります。
・棋譜
→石田流三間飛車に5筋を突く形はないこともないが、
この場合は3一角と引いて角と銀で飛車の頭を狙える形でないとあまり意味がありません
(むしろ7筋を受ける駒がいなくなる分マイナス)。
そうでない場合は6筋を突いて6三銀がひとつの定跡です。
これだけで棋力を評価するのは難しいので評価は控えます。
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「待ち駒は卑怯だ」とかいうレベルかと思ったら、
おじさんもまともなレベルじゃないですか。
私はもっぱら薄い玉の将棋を指すのですが、
県代表クラスの人に、もっとしっかり囲って
指さないと強くなれない、と言われました(笑)
おじさんの言っていることと矛盾しているようですが、
要は将棋で強くなるには「苦労して勝ち切る」ことが大切で、
楽をして勝っていても強くなれない、ってことです。
居飛車って結構大変なんですよ。大山名人は昔は居飛車党だった
ようなのですが、対局が増えて体力的に大変になってきて、
序盤が楽な振り飛車に転向して、勝率がぐっと上がったそうです。
私も居飛車から石田流の振り飛車に転向したのですが、
振り飛車の方が確かに序盤は楽です。
中原名人をはじめとする高柳門下は、若いうちは振り飛車
禁止らしいです。これは居飛車を勉強しないと強くなれないから
ということです。
おじさんの言っていることは、負けている人が言っているので、
負け惜しみにしか聞こえませんが、若いうちは記憶力もいいですし、
能力も伸びるので、できるだけいろいろなことを身に付けるのは
若いときが有利です。
将棋を「勝負」という観点で見た場合は、おじさんの言っていることは
あまり正しくありません。相手が不快になる手を指すのは、勝負としては
とてもいいことです。相手が一番嫌がることをやるのは、勝負の基本です。
また穴熊にすることは、細かい駆け引きができなくても、何とかなって
しまいますから、勝負としては有利でしょう。
ただ、勝負の前に基礎体力を身につける、という意味ではおじさんの
言っていることも一理あるんですよ。
電卓やコンピューターがあれば、算数ができなくても困らない、
かもしれませんが、長い目で見ると、きちんと算数や数学の知識を
身につけた上でコンピューターを使いこなすようになる方が良い、
ってことと似ています。
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野球で「変化球や内角攻めや盗塁は卑怯だし、相手が不愉快になるからやめなさい」と言われて、「はい、わかりました。次からは相手が不愉快にならないように、打ちやすい球を投げます」というお人よしのお馬鹿さんがいるかどうか考えてみれば、その親戚の言い分が本当かどうか見当がつくのでは?
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そういうタイプは居ますよ(将棋に限らず)
・自分が負けたのは相手が卑怯な手を使ったからだ。(嵌め手)(いい戦法じゃない)
・自分が負けたのは自分が弱いからではない。
・卑怯な手を使わないように指導するのが自分の務めだ。
将棋に負けることは誰にとっても悔しい、つらいことなのです。そして人は自分が弱いとは思いたくないのです。敗北感、屈辱感、そうした感情につつまれます。そういうダメージを軽減するために「自分が弱い」以外の原因を見つけようとします。そもそもこれは勝負じゃないのだと思おうとします。心理学講座はここまで。もっと詳しいことは貴方が今後勉強してください。叔父さんの弁にはそういう背景があります。
ただし、それだけでもない。有意なアドバイスも含まれているのです。一面の真理も含んでいるのです。
卑怯な手と表したのは逆説的に、その戦法、囲いが優秀なことを証明しています。
叔父さんはその手を見た瞬間に不愉快に思ったのは事実でしょう。なぜなら今までほとんど勝ってないから。ということは、その手は優秀な手だということです。だから「不愉快になる」人がいることも事実です。
もし相手を不機嫌にしたくないなら指さないほうがよいというのもその通りです。貴方が末永く叔父さんと付き合っていくつもりなら、その手は指さないほうがよい。でもそうでないならどんどん指してよいのです。
叔父さんがいっているのは、自分は矢倉となら良い勝負ができるから今度は矢倉で頼むよという意味です。「もっと、強くなりたいなら玉が薄い囲いで勝たないと強くなれないよ。」は私は同意見です。「受けの力」が無いと玉が薄い囲いでは勝てません。そしてそれは僅かなミスで負けにしてしまう囲いでもあるからです。実力がないと勝てないのです。逆説的に言えば穴熊は受けの力を要しない勝ちやすい囲いだということになります。続けるか止めるかは貴方がどこを目標として将棋を指すのかによります。穴熊でもいいのですよ。もっと強い相手と指して限界を感じない間は。壁にぶつかった時に初めて意味が分かるのかも知れません。さて棋力ですか。分かりません。叔父さんの対石田流の対策が拙すぎて。皆さん、棋力を診断してくださいと簡単にいってくれますけどね。そんな簡単にはいかない。プロが棋力を診断できるのは、相手が力を発揮できるように、相手の力を試すような指し口で指し回すからこそ、できることなのです。相手が勝手にころんだような相撲を見ても勝ったほうが序の口なのか十両なのか分かりません。
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結論から言うと、おじさんに言われたことはほぼ全て嘘です
全て、昭和の時代によく言われていたことで、時代遅れの
(というより、本質を外れた)考え方だと思います。
ほぼ、と書いたのは一点だけ完全に誤りだといえないところ
があったためです。
最近のプロは本筋をはずしてる、という部分は一手損角替わり
や居玉で戦う藤井システムなどを指していると推測します。
確かに一昔前はそうでしたが、なぜその指し方が成立するのかを
知らない(あるいは理解できていない)人にとっては、本筋を外している、
としか映らないと思います。
まぁ、投稿者さんをコテンパンに打ち負かした上で言うのなら
まだ理解できなくもないですが、一方的に負けてそんなことを
いうのはただの負け惜しみとしか思えませんでした。
個人的には振り飛車を指すことを勧めます。
振り飛車独特の相手の手に乗って軽くさばく指し方は
身につけて損はないからです。
その上で、矢倉を指すのはいいと思いますよ。
棋力は初段前後でしょうか
61手目の▲7四歩からうまく攻めたと思います。
目立った悪手もありませんでしたし。
ただ、無駄な手も散見されたので上限として
二段以下かなという印象でした。
参考までに、私の棋力は将棋倶楽部24で二段です。
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おじさん・・負けて悔しかったんでしょうねえ・・
>3手目に75歩とつくのは嵌め手だから、相手が不愉快になるからやらないほうがいい。
きっと不愉快だったんでしょう・・・おじさんは。
>美濃囲いか木村美濃にしなさい。もっと、強くなりたいなら玉が薄い囲いで勝たないと強くなれないよ。振り飛車は、あまりいい戦法じゃないから居飛車の練習をしなさい。やはり、将棋の本質は、矢倉にあるから、矢倉を勉強するべき
きっとおじさんは、祖父とかにそう教わってかたくなに信じているのでしょう。谷川浩司が出てくるまではプロの将棋界もそういう時代だったんですよ。
棋力の方ですが、おじさん頑張ってますよ!
道場初段はある!・・・かも?
あなたの方は???
飛車交換した(せざるをえない陣形になっていた(笑))のがおじさんの敗因ですが、あなたの方に棋力を診断できるような手はありません。といいますか、何も悪い手(序盤の構想に若干の疑問はある)がありませんので初段以上かと思いますよ。
まあ、おじさんの立場に立って助言するならば、こういう玉だけ固めて飛車打ち合いするばかりじゃあ将棋の本当の面白さがわからんよ!っていうところかな。
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